関東学院学報 No.43
10/24

KANTO GAKUIN NEWS No.43 9KazueWakamatsuこの人に聞きたい震災で真価を発揮液状化履歴マップ製作の大功労者液状化の過去と現状を知り未来の危機に備える『データ化』の意義 若松教授の地盤の液状化に関する研究は、ご自身が大学院卒業後から長年に渡ってコツコツと研究して培ったものである。先生が液状化の調査を始めたのは、大学院を修了した当時の、女性を取り巻く社会環境の劣悪さに起因しているという。早稲田大学大学院で建設工学を学んでも「建設に、教育に、女性は不要」と、専門を生かせる就職先が皆無だった。 若松教授は、仕方なく地盤工学を専門とする恩師の研究室に残った。そして1964年の新潟地震で周知された液状化について、それ以前の記録を調査してほしいと依頼を受けた。これが先生の液状化研究への第一歩となったのである。 「1600年前の日本書紀にも大地震を示す記述があります。そうした古文書や明治18年以降の東京気象台の年報など、過去の地震の記録から液状化の痕跡を探し出していきました。液状化などという言葉は近年のものですから、地震に関する記述の中の、<噴砂>や<噴水>といった言葉をキーワードに丹念に資料を読み解いていく作業です。やっと見つけても、現在と同じ地名が使われている所は稀ですから、場所の特定も簡単ではありません。探求心が地道な調査を支えてくれました。膨大な資料を前にしてそれだけ調べ続けるのは困難でしょうが、他の研究と並行しながらの調査でしたから、できたことでもあると思います。」 記録を調べ、地名を割り出し、地形図に印をつけていく。そうした調査の結果は1991年出版の「日本の液状化履歴図」に詳しい。その後、いくつかの大きな地震を経て、インターネットの普及で調査や記録のスピードを上げ、液状化件数を4倍にしたものが、前述の「日本の液状化履歴マップ745-2008」である。膨大な数の検証から、液状化は一度起きた場所が何度も同じ状況に見舞われることが分かってきた。液状化の起こりやすい土地の特徴を掴むこともできる。今や若松教授は自ら「私は地形図を読み解く名人なのよ」と断言し、危険箇所を公表しているが、その意図は未来の危機を回避してほしいという願いからだ。 もう一つの若松教授のライフワークは、1995年阪神・淡路大震災を契機として、広域被害予測のために構築してきた日本全国を250メートル四方に区切った地形・地盤データベースの構築。国の中央防災会議や全国の自治体の地震被害想定調査の地盤データとして利用されるなど、今や、地域防災に必要不可欠な基礎データとして多方面で活用されている。このデータベースの構築も、全国の液状化履歴地点の地盤条件の分析で培ったノウハウに基づくものだと言う。 現在では、各本面の要請を受け、市民生活に直結した防災のレクチャーや講演を積極的に行っている。学会や行政からの依頼も目白押しで、土日も返上の日々だ。厳しくも親身に学生を指導学びを将来に生かしてほしい 大活躍の若松教授から直接指導を受ける恩恵に浴しているのは工学部社会環境システム学科の学生達。学部3年生から大学院生まで合計23名の学生である。 「男子学生が多い工学部での指導に、男の子を育てた経験が生きているように思います。優しい先生と言われているようですが優しくないのよ。『もっと上を目指しなさい。君ならできるでしょ』と叱咤激励したり、学生が立ったままで何か食べようとするのを、『ちゃんとお座り、いい子して食べなさい』って叱りつけたり。結構きつく言っているのですけれどね…。」 それでも優しいという評価が聞こえるのは若松教授の親身な指導、渾身な教育がきちんと学生に伝わっているからだろう。その学生達に望むことは何だろう。 「私の現在があるのは、探求心と粘り強さの結果でしょう。女性だからという不当な扱いへの強い憤り、負けん気が研究を支えたと思います。環境の異なる現代に、同じことを求めるつもりはありませんが、今の学生達にも大学で学んだことを、これからの自分の人生に、より良く役立ててほしいと願っています。」 短い時間ではあったが、若松加寿江教授という優れた人格と知性の一端に触れたひととき。心地よい刺激を味わい、今後の更なるご活躍を祈りつつ、学生が集まり始めた午後の研究室を後にした。Wonderful Person of Kanto Gakuin: Prof. Kazue WakamatsuA leading expert on liquefaction who serves as an academic mentor for studentsProf. Kazue Wakamatsu who started teaching at Kanto Gakuin University College of Engineering in 2008 published “Maps for Historic Liquefaction Sites in Japan 745-2008” in March 2011. She is now a high-profile, leading expert on soil liquefaction. She has been engaged in the study of soil liquefaction over many years and recommends that the regional disaster prevention plan implemented separately by each prefecture be expanded to cover a wider area. At the university, Prof. Wakamatsu provides 23 students with instructions in a friendly manner and devotes her energy to educating them. She said she hopes that students will make use of what they learn at the university in their life in the future.2008年から関東学院大学で教鞭をとる工学部の若松加寿江教授は2011年3月、「日本の液状化履歴マップ745-2008」を上梓した。時を同じくして東日本大震災が起こり、マップの正確さが実証されることとなり、今や学界からもマスコミからも液状化の第一人者として注目されている。多方面に引っ張りだこで多忙を極めるその間隙を狙って、若松教授の研究室を訪ねた。関東学院大学工学部社会環境システム学科若松加寿江教授若松加寿江教授01

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です